144人
子ども116人を含む アバーファン炭鉱ボタ山崩落事故|144人の尊い命が失われました
あの日から 60 年
1966年10月21日、金曜日の朝9時15分ごろ、イギリス・ウェールズ南部の炭鉱の村アバーファンで、山の斜面に積まれていた石炭のくず(ボタ)の山が崩れ、村へ流れ落ちました。この「アバーファンの惨事」で、144人の尊い命が失われました。そのうち116人は、小学校に通う子どもたちでした。
何が起きたのか
アバーファンは、石炭を掘ることで栄えた谷あいの村です。炭鉱から出る石炭のくずは、村を見下ろす山の斜面に積み上げられていました。何日も雨が続いたあと、そのひとつ「7番ボタ山」が崩れ、水をふくんで泥のようになった土砂が、斜面を一気に下りました。
土砂は、ふもとにあったパントグラス小学校と、まわりの家々をのみこみました。子どもたちが朝の集まりを終え、教室に入ったばかりの時間でした。村の人々や炭鉱で働く人たちが駆けつけ、土砂を掘って救助にあたりましたが、助け出された子どもはわずかでした。
数字が語ること
ウェールズ政府とグラモーガン公文書館(州の公文書館)は、亡くなった人を144人、そのうち子どもを116人としています。大人は28人で、その中には子どもたちのそばにいた先生たちも含まれています。
- 亡くなった人:144人
- うち子ども:116人(多くはパントグラス小学校の児童)
- うち大人:28人
事故のあと、イギリス政府は調査のための審判所(トライビュナル)を設け、76日間にわたって話を聞きました。その報告は「惨事の責任は全国石炭庁にある」と結論づけました。ボタ山の危険を心配する声が以前からあったのに、生かされていなかったことも指摘されました。144という数字は、防ぐことができた事故だったということを、いまも私たちに伝えています。
忘れないために
この事故をきっかけに、1969年には、炭鉱や採石場のボタ山を安全に管理し、使われなくなったボタ山から人々を守るための法律(Mines and Quarries (Tips) Act 1969)がつくられました。小学校があった場所はいま、記念の庭になっています。50年目の2016年10月21日には、ウェールズ政府の呼びかけで、事故が起きた朝9時15分に、各地で黙とうがささげられました。
ウェールズには、いまも2,500を超える使われなくなったボタ山が残っています。ウェールズ政府は定期的な点検を続け、2025年には新しい法律をつくって、ボタ山を専門に管理する機関を設けることを決めました。「危ないかもしれない」という声に耳をかたむけること。それが、この事故から受け継がれた教訓です。
犠牲になられた144人の方々のご冥福を心からお祈りいたします。
Never Forget Number では、この数字「144」を記録します。
数字の出典
この数字を、忘れないために。
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