2度
1960・1964年 アベベ・ビキラ 五輪マラソン2連覇|2度、五輪のマラソンを制した
あの日から 62 年
1964年10月21日、東京オリンピックの男子マラソンで、エチオピアのアベベ・ビキラ選手が、2時間12分11秒2の世界最高記録で優勝しました。1960年のローマ大会に続く金メダル。オリンピックのマラソンを2度制したのは、アベベ選手が初めてでした。
この数字の物語
1度目は、1960年のローマ大会です。大会の直前にくつが傷んでしまい、新しいくつでは足にまめができたため、アベベ選手ははだしで走ることを選びました。オリンピックで初めて夜に行われたマラソンで、ゴールは古代ローマの「コンスタンティヌスの凱旋門」。記録は2時間15分16秒2の世界最高で、アフリカの黒人選手として初めて、オリンピックのマラソンで金メダルを手にしました。
2度目が、4年後の東京です。アベベ選手は、大会のわずか40日ほど前に虫垂炎(盲腸)の手術を受けていました。それでも、国立競技場をスタートして往復するコースを走りぬき、こんどはくつをはいて、2位に4分以上の差をつけてゴールしました。ゴールのあと、落ち着いて体操をしていた姿は、多くの人の記憶に残っています。
このレースでは、日本の円谷幸吉選手も3位に入り、銅メダルを獲得しました。国立競技場に、日の丸が揚がった日でもあります。
数字が語ること
「2」は、アベベ選手がオリンピックのマラソンで優勝した回数です。それまで、オリンピックのマラソンを2度制した選手はいませんでした。
- 1960年 ローマ大会:2時間15分16秒2(世界最高・はだしで優勝)
- 1964年10月21日 東京大会:2時間12分11秒2(世界最高。世界陸連の記録では2時間12分12秒)
- 東京大会の2位:ベイジル・ヒートリー(イギリス)2時間16分19秒2
- 東京大会の3位:円谷幸吉(日本)2時間16分22秒8
手術の時期について、世界陸連(World Athletics)は「40日前」、国際オリンピック委員会は「6週間前」としています。どちらにしても、ふつうなら走ることさえむずかしい時期でした。世界陸連は、アベベ選手を「東アフリカから生まれた最初の世界チャンピオン」と呼び、その後の東アフリカの長距離選手たちの活躍への道を開いたとしています。
この数字に会いに行く
1964年のマラソンがスタートし、ゴールした国立競技場の場所には、いま新しい国立競技場(東京都新宿区)が建っています。62年前、アベベ選手と円谷選手がゴールしたのと同じ場所です。
はだしで走った1度目と、手術のあとで走った2度目。ふたつの勝利は、どんな状況でも走りぬく人の強さを、いまも伝えています。
Never Forget Number では、この数字「2」を記録します。
数字の出典
この数字を、忘れないために。
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