1人目
1901年 レントゲン X線の発見と第1回ノーベル物理学賞|1人目のノーベル物理学賞受賞者
あの日から 131 年
1895年11月8日の夕方、ドイツのヴュルツブルク大学の研究室で、物理学者ヴィルヘルム・コンラート・レントゲンが、目に見えない新しい放射線を見つけました。正体がわからないことから、彼はそれを「X線」と名づけました。この発見によって、レントゲンは1901年、第1回のノーベル物理学賞を受け、1人目のノーベル物理学賞受賞者になりました。
この数字の物語
そのころレントゲンは、ほとんど空気を抜いたガラス管に高い電圧をかけたときに起きる現象(陰極線)を調べていました。光がもれないように管を厚い黒い紙ですっぽり覆い、部屋も暗くしていたのに、近くに置いた蛍光物質を塗った紙が、ぼんやり光ったのです。紙は管から2メートルほど離れていても光りました。
何かが黒い紙を通りぬけている――。レントゲンは研究室にこもって実験を重ね、この線が紙や木など多くの物を通りぬけ、物の厚さや種類によって通りぬけやすさが違うことを確かめました。
1895年12月、彼は妻ベルタの手を写真乾板の上に置き、X線を当てました。現像した写真には、手の骨と指輪の影がくっきりと写っていました。人の体の中を、切らずに見ることができる。この1枚が、医学を大きく変えるはじまりになりました。
1896年1月23日、レントゲンはヴュルツブルクで初めて、この発見を人々の前で発表しました。X線のしくみがわかったのは、もっとあとのことです。のちにマックス・フォン・ラウエたちが、X線が光と同じ電磁波の仲間で、波の振動数がずっと高いものだと明らかにしました。
数字が語ること
ノーベル賞は1901年に始まりました。その最初の物理学賞を、レントゲンがひとりで受けました。ノーベル財団の授賞理由は「のちに彼の名で呼ばれることになった、驚くべき放射線の発見による、並外れた功績をたたえて」です。
- 1895年11月8日:X線を発見(ヴュルツブルク大学物理学研究所)
- 1895年12月:妻ベルタの手のX線写真
- 1896年1月23日:初めての公開発表
- 1901年:第1回ノーベル物理学賞(単独受賞)
レントゲン記念館によると、レントゲンは「発見は人類みんなの役に立つべきだ」として、X線の特許を取りませんでした。ノーベル賞の賞金5万クローネも、科学の研究のためにヴュルツブルク大学へ寄付したと伝えられています。だからこそX線の装置は世界じゅうにすばやく広がり、いまも病院のレントゲン検査やCT、空港の荷物検査など、毎日たくさんの場所で使われています。
レントゲンは1845年3月27日、ドイツのレンネップ(いまのレムシャイト)に生まれ、1923年2月10日にミュンヘンで亡くなりました。ドイツ語や日本語では、X線はいまも彼の名をとって「レントゲン」と呼ばれています。
この数字に会いに行く
発見の場所であるヴュルツブルクの旧物理学研究所(Röntgenring 8)は、いまレントゲン記念館(Röntgen-Gedächtnisstätte)になっていて、当時の研究室を見ることができます。公式サイトによると、月曜から土曜の午前8時から午後2時まで開いていて、入館は無料です(日曜・祝日は休み)。生まれ故郷のレムシャイトにはドイツ・レントゲン博物館(Deutsches Röntgen-Museum)と生家があります。
また11月8日は、X線の発見を記念した「国際放射線医学の日(International Day of Radiology)」です。欧州放射線学会(ESR)、北米放射線学会(RSNA)、米国放射線学会(ACR)が呼びかけ、画像診断の大切さを伝える日になっています。
暗い研究室で光った1枚の紙から、人の体の中を見る技術が生まれました。そして、その発見を独り占めしなかった1人目の受賞者がいました。
Never Forget Number では、この数字「1」を記録します。
数字の出典
この数字を、忘れないために。
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