439人
センゲニーズ炭鉱爆発事故|439人の尊い命が失われました
あの日から 113 年
1913年10月14日の朝、英国ウェールズ南部の村センゲニーズ(Senghenydd)にあるユニバーサル炭鉱で、地下の坑道が爆発しました。朝の作業が始まったばかりの時間で、439人の男性と少年の尊い命が失われました。英国の炭鉱の歴史で、最も多くの犠牲者を出した事故です。
何が起きたのか
その朝、炭鉱の地下では900人をこえる人たちが働いていました。午前8時すぎ、坑内にたまっていたメタンガスに火がつき、床や壁に積もっていた石炭の粉じんが次々と燃え広がって、大きな爆発になりました。調査では、坑内の電気の信号装置から出た火花が原因だった可能性が高いと考えられています。
爆発のあとも坑内には有毒なガスが残り、救助は困難をきわめました。救助隊は坑道に入って一部の人を助け出しましたが、作業中の落盤で救助にあたった1人も命を落としました。犠牲者のうち90人は20歳以下で、最も若い人は14歳でした。
この炭鉱では12年前の1901年にも爆発事故が起き、81人が亡くなっていました。その後の裁判では、安全対策の不備が問われたにもかかわらず、管理者と会社に科された罰金はわずかなものでした。人の命があまりに軽く扱われたとして、当時から強い批判が起こりました。
数字が語ること
ウェールズ政府や、ウェールズの歴史的建造物を記録する公的機関(RCAHMW)の記録は、この事故の犠牲者を439人としています。これに救助作業中に亡くなった1人を加えて、440人とする資料もあります。
- 死者:439人(炭鉱で働いていた男性と少年)
- 救助作業中の死者:1人(合計440人とする資料もある)
- 父親を失った子ども:542人、夫を失った女性:200人以上(カーディフ大学の歴史家による)
- 同じ炭鉱の1901年の事故の死者:81人
数百人の働き手を一度に失った谷では、多くの家族が父や夫、息子を失いました。ひとつの村の暮らしが、一朝にして大きく変わってしまったのです。
忘れないために
事故から100年となった2013年10月14日、センゲニーズの炭鉱跡近くに「ウェールズ国立炭鉱災害記念庭園」が開かれました。この庭園には、救助隊員が生存者を助け起こす姿の銅像や、1901年と1913年の犠牲者の名前を刻んだ記念の壁、そしてウェールズで起きた152の炭鉱災害を1枚ずつのタイルで記した「記憶の小道」があります。2024年には、ウェールズ政府が国の炭鉱災害の記念庭園として正式に認めました。
石炭は、かつて世界の産業と暮らしを支えたエネルギーでした。その明かりと温かさの陰に、地下で働いた多くの人たちの命があったことを忘れてはいけません。安全のための決まりを守ること、働く人の命を何よりも大切にすることは、いまのあらゆる職場に通じる教訓です。犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。
Never Forget Number では、この数字「439」を記録します。
数字の出典
- ウェールズ政府「Site dedicated to thousands of lives lost officially recognised as the National Mining Disaster Memorial Garden」(2024年3月12日)
- Coflein(RCAHMW)「Universal Colliery Mining Disasters Memorial, Senghenydd」
- The Conversation(カーディフ大学 Ben Curtis)「Senghenydd colliery disaster」
- Aber Valley Heritage「1913 Universal Colliery Disaster」
この数字を、忘れないために。
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